中野会計事務所のコーヒータイム

コーヒータイム.jpg中野会計事務所、代表中野のブログです。

日々の楽しい出来事、仕事への思いをつづっています。

肩の力を抜いて読んでいただきたい、そんなコーヒータイムです。

 

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>>2010年10月〜2011年9月のコーヒータイム

>>2001年〜2010年9月のコーヒータイム

さよなら、ゴロちゃん

1002214_565571826872799_1519233761_n.jpg1392091_699834396779874_2740215072967670257_n.jpg12565546_928888850541093_3589760806050860553_n.jpg7,8年前のことランニングに出かけた息子が、犬がついてくるといって帰ってきました。公園を通る人についていこうとするが誰も連れて帰ってくれないのでうろうろしているとのこと。いつもなら野良犬を何とかしようなどとは思わないのですが、その日は古澤巌さんのコンサートで心が洗われとても優しい気持ちになっていたので、つい探しに行って家に連れ帰ってしまいました。

パンを与えたらあっという間に食べてしまい、とりあえずは玄関の外に寝かせて、翌日警察に届け、獣医さんにも連れて行きました。元気そうですが何日も食べていない飢餓状態だったようです。警察では1週間くらいは預かるが、飼い主が見つからなければ処分されることになるといわれ、それは忍びなくて結局飼うことになりました。名前はゴロちゃん。しばらくきちんとご飯を与えて体調が回復すると野良生活の間に体に住み着いた害虫たちも悪さをはじめ、お医者さん通いが続きました。頭にあった小さな傷は石でも投げられたのかと思っていたら、どんどん大きな腫瘍になり切除手術を受けることになりました。

そうやって手のかかる子でしたが、性格はおとなしくて優しく、朝一緒に出勤して昼間は事務所で過ごし夜は一緒に帰るという生活が何年か続きました。スタッフからもお客さんからも可愛がられ、私が夜一人で仕事をしていると必ず足元にすり寄ってきました。夏には弱いパグ、そのうちに夏になるとハアハアと息を荒げ苦しそうな様子を見せるようになりました。「心臓が弱っているから、いつ死んでもおかしくない、お客さんを見て喜んで興奮することも心臓にはよくない」とお医者さんには言われましたが、寂しがるので一人で置いておくこともできません。クーラーや氷枕、酸素などいろいろ工夫しながらひと夏、自宅と事務所の行き来もしんどいので事務所で寝泊まりさせてまたひと夏、いつ死んでもおかしくないといわれてから4年目の今年の夏も無事過ぎたのに、昨日とうとう天国に行ってしまいました。

母が寝る前に戸締りを確認しようとしたら様子がおかしく、私たちが駆け付けた時にはもう息を引き取っていました。タオルにくるんで箱に入れてやりみんなでお花を添えました。大好きだったヤマト運輸のお姉さんもお別れに来てくれました。

あの時に飼う決心をしなければあのまま処分されていたかもしれないゴロちゃん、幸せな数年間を過ごされてやれたので、そんなに悲しいという思いはありません。でも事務所でおやつをくれとみんなに付きまとったり、お客様が来られれば「誰?」とお顔を見に出てきたり、鞄があればそのうえにのっかったり、あんなに邪魔だったのに邪魔する子がいないのです。

古澤さんのコンサートの日にうちにやってきたゴロちゃん、お葬式の日も古澤さんのコンサートでした。アンコールは「星に願いを」星になったのですね、さよならゴロちゃん。

マイナンバーについて

 平成28年1月からマイナンバー制度(社会保障・税番号制度)の運用が開始されます。

 対応に頭を悩まされている方も多いと思いますが、とりあえず私からお客様にお願いしたいことを

まとめました。なお、制度の開始は平成28年からですから、

27年の年末調整は基本的に従来通りとなります。

1.個人番号カードの取得について

 マイナンバーが通知されましたら、従業員の皆さまには個人番号カードの申請をしていただくことを

お勧めします。個人番号カードは個人番号が記載された顔写真付きのカードで、

本人確認書類として利用できます。

ただし紛失等のリスクがありますので、ご本人が責任を持って保管していただくことが必要です。

 

2.従業員さんの本人確認について

   従業員さんから個人番号を会社に提出していただく際には、本人確認が必要となります。

本人確認は私どもの税理士事務所では行いませんので、必ず会社で行ってください。

個人番号及び本人確認書類は厳重に保管し、法定保存期間(7年)を過ぎましたら確実に廃棄してください。

 

 

3.扶養親族の本人確認について

   扶養親族についても個人番号が必要ですが、扶養家族の本人確認は従業員さんご自身で

 行っていただくため、会社での確認は必要ありません。

 (社会保険の手続き等で、扶養親族に代わって申請を会社が行うときには、会社が本人確認を

  しなければならないこともあります。具体的には社会保険労務士さんの指示に従ってください。)

 

4.報酬の支払いについて

   マイナンバーは従業員さんへの給料だけでなく、税理士報酬等、

 支払調書の提出の必要な報酬(年間5万円以上)の支払時にも取得する必要がありますので、

 お忘れないようお願いいたします。

 

5.税理士の代理業務について

   税理士が税務申告書・法定調書などを提出する際には代理権確認書類として

 @代理権限証書、A税理士の身元確認書類、B納税者の個人番号確認書類

 を提出する必要があります。電子申告の場合は、これらの書類が電子申請で行えますので、

 できる限り電子申告の利用をお願いいたします。

七夕コンサート

合唱の練習会場に使わせていただいているさをり会館の七夕パーティに

合唱団で参加させていただきました。

ベストやスカーフなど、各自がさをり織りの好きな衣装をお借りしての出演。

七夕、みかんの花咲く丘、そしてポップス曲など、皆さんの知っていらっしゃる歌を中心に歌いました。

練習に使うのは時間外のため、スタッフの方と顔を合わせることはあっても

利用者さんとの交流は初めてで、少し緊張しつつ歌い始めたら

一緒に口ずさんでいただいて、それで気持ちがほぐれました。

とっても楽しんで聞いていただき、

最後の「世界に一つだけの花」は一緒に踊ったり手話で歌ってくださったり、大いに盛り上がりました。

癒され励まされたのは私たちの方でした。

 

女性会長にエール

母校のサークルのOB会に参加してきた。

会計学研究会と言う学術サークルは、圧倒的に男子部員が多いのだが、

何と今年は女子学生が会長になったという。

(それが話題になることような、いまだに男子の多いサークルなのだ)

頑張っている現役女子学生に向けてOGからエールを送るパネルディスカッションに参加した。

歴史の古いわがサークルのOB会ではまだまだ若輩者の私・・だったはずなのに

いつの間にかOGの中では最長老の部類になっていたらしい。

私が就職したとき、事務所で初めての女性採用だった。

同じくパネラーをした卒業3年目の女の子は、その会社で女性総合職初めての工場配属になったという。

私が男性社会で30年前に感じていたようなことを、その女の子も男性の多い職場で感じている。

女性が働く環境は確実に変わってきたけれど、まだまだ変わらないことも多い。

でも3年目に入り仕事が楽しくて仕方がないというその女の子はとても頼もしかった。

「どうやって壁を乗り越えてきましたか」という問いかけに対して、

私を含め50代の3人は「壁なんてあったかな」。

確かに大変なこともあったけれど、それは壁を乗り越えるなんてかっこいいものではなく、

その日その日を何とかやりくりしてきたような気がする。

現役の学生にどれだけ伝わったかわからないけれど、

参加したパネラー同士、とても共感できる有意義な会だった。
そのあとは懇親会、最後はお決まりのカレッジソング。

歌う前の口上は現役会長の役割だが、若い女の子が堂々と口上を述べる姿にうるっときた。

展望台から

ハネムーンに出発する長男を送りに行ってきました。

夫と行こうとしたら次男が僕が運転すると言ってくれて3人で待機。

7時半に迎えに来てというので10分前から待っているのにやってきたのは待ち合わせの10分後くらい。

「実は昨日の夜に機内でするゲームを買いに行って寝過ごして」とお嫁さんは呆れ顔でした。

「ごめんね、この1週間で結婚したこと何回後悔した?」と聞いたら

「今のところ一回もないです」と、いいお嫁さんです。
搭乗を見送った後は展望塔で飛行機が離陸するまで見送りました。
30数年前、私たちの新婚旅行もそれぞれの両親が見送りに来てくれました。

派手なレイを買ってきて首にかけてくれて、とっても恥ずかしかったことを思い出しました。

また何十年か後、孫の新婚旅行をこの二人が見送ることがあるだろうか、

その時に今日のことを思い出してくれるかな、

それまで健康で平和で幸せでいてくれたらいいなと思いながら、飛行機に手を振りました。

幸せの一針

DSCF1174.JPG先日長男が結婚しました。

暖かいご祝辞をくださった上司の方や素晴らしいお友達のおかげで笑顔いっぱいの結婚式になりました。
会社の同僚の方たちが休日に動画の撮影をしてくださったり、二次会の準備をしてくださったり、

また大学時代のお友達も休日に集まって余興(懐かしいひげダンス!)の練習をしてくださったり、

本当にありがたいことでした。
息子がしみじみと「結婚式なんて二人だけじゃ何にもできひん、みんなが手伝ってくれてこそできる」と申しておりました。...
それがわかるようになっただけでもちょっとは成長したのかな。

私は頼まれもしないのにせっせとウェディングベアを作っていました。

以前うちの事務所にいた女の子が結婚するときにお母さんが作っていらっしゃったと聞いて

私もいつかと思っていたのです。

いろいろなことを思い出しながら一針、一針縫っていくのは本当に幸せな時間でした。

昔の母親なら、きっと着物を縫ってやっていたのでしょうね。

もう一つ、息子がサプライズ企画で用意したプロポーズまでの再現ビデオに、私は私自身の役で出演しました。散らかり放題の我が家に息子の同僚が来てくださり、わいわい言いながらの撮影はまるで学園祭のようで

とっても楽しませていただきました。このビデオ、なかなか好評で皆様からお褒めいただきました。

後日息子が出席してくださった上司の方に聞いたところによると、

披露宴のお客様が息子の同僚のことを

「〇〇会社の社員はいいな」と褒めておられたのをお聞きになって喜んでおられたとのこと。

それもとっても嬉しいことでした。

 

世界でい一番美しい島

DSCF0506.JPGDSCF0459.JPG世界で一番美しい島に行ってきました10代のころからの愛読書「赤毛のアン」の舞台であるプリンスエドワード島です。朝の連続ドラマで取り上げられたおかげで、今年はツアーの企画も多く、40年来の願いが叶いました。

「世界で一番美しいところ」とアンが小説の中で言ったとおり、赤土の畑と緑のジャガイモ畑がパッチワークのように並び、その間を川がゆったりと流れ、湖がきらめき、いたるところ野の花が咲き乱れている、本当に美しい田園風景でした。朝ドラのオープニングにも出てくるグリーンゲイブルズや銀の森屋敷、お化けの森、恋人たちの小径など、赤毛のアンを読んだ人ならどんなところだろうと想像をめぐらす場所にも行くことができました。

途中でアンがいた頃の学校や村の雑貨屋さんなどを再現した歴史村を訪れました。そこに飾られていたのが熊の皮の手袋。「雪ソリを引くときに使ったものだが、プリンスエドワード島では千八百何年だかに最後の熊の一頭が撃ち殺され、今では熊やヌーといった大型動物はまったくいない」と説明がありました。

熊の住む森が広がり、先住民たちが豊かに暮らしていた島は、ヨーロッパ人によって「発見」されることによって、開拓され美味しいジャガイモの産地に生まれ変わりました。私が美しい自然であふれている、と思った風景はすべて人間がつくりかえた風景だったのです。もちろんそれを否定することはできません。そうやって人間は生きてきたのですから。でも日本は高い山があるおかげでまだ手つかずの自然が残っているし、熊だって生きている。その自然を守らなくてはと思ったカナダ旅行でした。

 

 

初春文楽公演

初春文楽公演を見に行ってきました。数年前に一度見て、ぜひ機会があればもう一度と思っていたのですが

待っていてもそんな機会はやってこないのでチケットを取って見に行ってきました。

最初の演目は面売り。

お面売りの娘が次々にお面をかぶりながら歌い、踊ります。後ろを向いてお尻をふりふり、可愛らしく楽しいです。

堀川猿回しの段。人を殺してしまった恋人と心中しようとする娘を母と兄が必死にとめます。

無理に書かせた離縁状、でもその中身は恋人を思う娘の真心にあふれ、母と兄はその心を知って二人を送り出します。
なんとしても逃げおおせて生き延びてくれと願いながら。
兄は二人へのはなむけに演じる滑稽な猿回し。笑いながら、泣きそうになりました。

最後は阿古屋琴責めの段。

恋人の行方を隠しているだろうと拷問を受ける遊女のお話。
その拷問とは、体を痛めつけるのではなく、
琴をひかせ、三味線をひかせ、胡弓をひかせるというものです。
恋人を慕う遊女の気持ちが音楽に表れます。
その音を聞いて代官は遊女が真実を語っていると知ります。
その演奏がすばらしく、確かに舞台横で人が演奏しているのですが
本当に人形が演奏しているように見え、聞こえてくるのです。
そして人形だからこそ、素直にその心情が伝わってくるような気がしました。

人間よりも人間らしい人形たち。
帰りには可愛いかむろが手を振って見送ってくれました。         2014/01/21

 

新年にあたって

あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年は我が家にとって大きな転機となる年でした。

次男と長女がそろって大学を卒業し、子どもたち全員が社会人となりました。

娘は6月に東京で就職、家さがしに引っ越しと落ち着く暇もない時期を過ごしました。

一段落したところで、長男が独立することとなり、にぎやかだった我が家は3人家族になってしまいました。

3か所に分かれた家族が行ったり来たりすることで、むしろお互いを思う気持ちは深くなったような気がします。

残るは次男ですが、だんだん老いていく私たちが次男を縛り付けないよう、

早めに追い出し作戦を考えようと思います。

年末には、思い切って日本武道館のカウントダウンコンサートに行ってきました。

子どもたちが幼く夫の両親も存命だったころは、行ってみたいと思っても

とても年末に家を空けることはできませんでしたが

学生時代の友人も子供さんが成長して自由な身となり、思い切って二人で出かけました。

何千人の観客と一緒に声を合わせてカウントダウンし、迎えた新年。

考えてみれば、彼女も私もこの年齢になるまで大晦日の夜の街に出かけたことも

家族以外の人と年明けを一緒に過ごしたこともなかったのでした。

こういう時を共に過ごせる友を持ち、そして安心して出かけられる家族を持っていることの

幸せをしみじみとかみしめたのでした。

東京へ向かう新幹線で窓側(海側)に席を取り、ふと窓の外を見ると進行方向に行きをかぶった高い山が見えました。

富士山が見えるのは逆の方向のはず。友人が「幻を見たんじゃないの?」と言いつつも調べてくれたところでは

新幹線の海側の席から数秒間富士山が見える場所があり、「幸せの富士山」と呼ぶのだそうです。

まさに昨年1年間を象徴するような富士山でした。

今年は、この幸せを誰かに何かの形でお返しできるように、そんなことを考えていきたいと思っています

加藤登紀子さん

加藤登紀子さんのランチ・コンサートに行ってきました。

以前から行きたいと思いながら、コンサート3回分くらいのお値段なのでなかなか・・・今年は結婚30周年なので思い切って夫と一緒に。

京都のレストランキエフ、ここは学生時代に試験に合格したお祝いにと、先輩に連れてきていただいた思い出のレストランでもあります。

同じテーブルにもご夫婦が来られていて、好きな音楽の話などをしながらコンサートが始まるのを待ちました。

食事の後は別室に移ってコンサートが始まりました。1曲目が「時には昔の話を」。

登紀子さん、ルール違反ですと思いました。

生まれてから学生時代までを過ごした京都の街で、しかも思い出のレストランでこの歌を聴くと

いろいろな思い出が一度に蘇ってきてもう最初から涙・涙でした。

コンサートの中盤では百万本のバラ。この歌の本当の意味を話したいからと。

この歌が最も流行していたのはチェルノブイリの事故があった年だそうです。

チェルノブイリの原発から一番近い町で当時行われた結婚式では必ずこの歌が歌われていた

その町、そしてその周囲の町も事故の後全員が避難させられ、町の暮らしは消えてしまったこと

そのことを歌った「神隠しされた街」

飯館村で完成したという「命結」と村人が避難をする前に村で行われたコンサートのお話

津波でお父さんを亡くした少年の日記をもとに作られた歌

どれも涙がこぼれてならない歌ばかりでした。

登紀子さんも歌いながら思わす声を詰まらせておられました。

コンサートが終わりに近づいて「リクエストは?」との声に思い切って

学生時代にロシア語講座で登紀子さんが歌っておられた歌をリクエストしましたが

残念ながら「覚えていないわ」。でもロシア語でカチューシャ歌ってくださいました。

コンサート後のサイン会で

「学生時代には登紀子さんがおばさんに見えたんです。でもそれからどんどんおきれいになられて

今の方があの頃よりずっとおきれいで、だから私の憧れなんです」と申し上げたら

「あなた、私に似てるみたい」と言ってくださって、とても光栄でした。

岩城拓也テノールリサイタル

 

岩城拓也テノールリサイタルを開催します。

川西市みつなかホール

8月31日(土)午後3時開演です。

魅惑のテノールで夏の暑さを吹き飛ばしましょう。

 

岩城先生との出会いは10年前の1万人の第九。

レッスンの担当が岩城先生でした。

結婚20周年の記念に一度だけのつもりで夫と一緒に参加した第九

岩城先生のレッスンがあまりに楽しくて、それから毎年参加することになりました。

抽選で外れた年もありましたが、夫も私も第九だけでは飽き足らずそれぞれに合唱団に入り

ついには岩城先生の指導される岩城合唱団にまで参加しています。

今年結婚30周年が無事迎えられたのも合唱のおかげかもしれません。

素人相手に我慢強く丁寧に教えてくださる岩城先生の誠実なご指導は

私自身の仕事にとってお客様に誠実であらねばならないという鏡のようなものです。

 

たくさんの合唱団、オペラ合唱のご指導にお忙しい先生の歌声を聴くチャンスは

あまりありません。素敵な演奏会になるよう、精いっぱいお手伝いをしようと思います。

 A4チラシ_0516.pdf

伊勢参り

DSCF9898.JPG夏の暑い盛りに伊勢神宮にお参りをしてきました。

式年遷宮の奉祝コンサート 藤井フミヤ君のチケットが当たったので、妹と二人で行ってきました。

伊勢神宮は紀伊半島一周ハイキングの最終目的地で23年にも妹とお参りをしています。

その時にはまだ新しい社殿は建っていませんでしたが

今回はまだ囲いに覆われてすべては見えないものの、古い社殿の横に新しい社殿が建っています。

そっくり同じ形で、白木の真っ新の社殿とすっかり古びて落ち着いた色合いの社殿

その両方を見られるのは20年に一度のこの時だけなのです。

1300年の昔から20年ごとに全く同じ建物を建て続けてきたという歴史。

それは1300年前にすでに完璧な社殿が出来上がっていたということでもあるのですね。

遷宮が終わったら一般の人は決して立ち入ることのできない社殿

祭事で見る機会を得たフミヤ君は本当に美しい建物で感激したと語っていました。

ハワイ旅行

先週の週末より82歳の母と妹と娘の4人でハワイに行ってきました。

ハワイなんて好きな方は毎年ほど行っておられるのでしょうが、私は初めて。

母に海外旅行でもする?と冗談で言ったら、「ハワイなら行きたい」というので妹が計画をしてくれました。

本当に行けるの?もっと近いところにしない?とそれとなく計画変更を持ちかけても、「ハワイなら」。

母にとっては、一生に一度は行ってみたい憧れの土地だったのでしょう。

 

それなのに!きょう出発という日の朝、母や押し入れの上のハンドバッグを取ろうとして

不安定な丸椅子に乗り(一言取ってと言えばいいのに!)、案の定落ちて、肩とわき腹と足を強打したのです。

お医者さんに行こうと言っても、母は大したことないの一点張り。

本人がそういうのですから、そのまま出発しました。痛みはどんどんひどくなって、

飛行機の中でもほとんど眠れなかったようですが、自業自得というものです。

着いた日はディナークルーズ。

陽気なスタッフさんに「ママ、オイシイ?」「ママ、アリガト」と声をかけてもらった母はすっかり調子に乗り

「また来年くるわね」(誰がついてくるの!)。

翌日はリムジンでの島内一日観光でした。いくら美しい景色でここが写真スポットだよと言われてもそれだけでは・・・

ただ、母にとってはパールハーバーには特別な思いがあるようでした。

そして?それだけ。車で観光するだけでも母は疲れてしまい、

そのあとはホテルの周辺をぶらぶらするだけで終わってしまいました。

それならのんびりできたのかというと、母を朝・昼・夕の食事に連れ出すだけでも大仕事でした。

せっかく仕事を休んで付き合ってくれたのに、娘は若い子が楽しむようなことは何もできず、可哀そうなことをしました。

かなり無理なこんな旅行にこだわったのは、父との苦い思い出があるからです。

父は17年前に亡くなりました。

まだ60代だった父は現役で仕事をしていましたし、一方妹も私も母を頼っての子育て真っ最中で、本人も家族も

父の不調になかなか気づかなかったのです。

診察を受けた時にはもう1年持つかどうかと言われました。

放射線治療も一時しのぎに過ぎず、父はどんどん衰えていきました。

全く笑うことのなくなった父に、一日でも孫たちに囲まれて楽しいと思える日を過ごしてほしくて、

妹と私は一泊旅行を計画しました。

車いすで行けて父の体に負担のかからないところを探し、父をさそうと、父は行かないと言います。

体のことが不安なのかと「大丈夫だから」といくら言ってもうんと言いません。

そして「病気の時に旅行なんて行きたくない。治ってから行ったらいい」。

治ると信じている父に「お父さんの命はもう長くないし、これからどんどん体が不自由になるんだから、今のうちに行こうよ」

とはとても言えず、旅行は取りやめになりました。

こんなことがあったので、一人になった母とは、元気な間にたくさん思い出を作っておこうと、

できる限り家族で旅行したりご飯を食べたりするようにしています。

こんなに長生きしてハワイまで行くとは思ってもみなかったけれど

一緒にいけてよかったです。

 

補助金

3月決算法人の申告が一段落しました。久しぶりのコーヒータイムです。

ある顧問先が少し前に会計ソフトを変更すると言ってこられました。

私は一応会計の専門家ですから、「その会計ソフトはわかりません」なんてことは言えません。

お客さんがそれがいいというなら、それに合わせて仕事をするのが当然と思っています。

(でも自分の使い慣れたソフトが一番効率的であるのも当然のことです)

ソフトを変更する理由は「〇年間は無料で使えて、無料で指導もしてもらえるから」とのことでした。

「では、有料の私の指導はいらないってことですね」なんて大人げないことは言いませんが

無料より高いものはないと思っているので、本当にそれが使いやすいいいソフトなのか、

私としては半信半疑、というより9割がた疑ってかかったのですが

顧問先は「よいソフトでなかったら、無料の期間が終わったらまたほかのソフトに変えればいいんだから」と

すっかり乗り気になってしまっておられたのでした。

導入の手間、慣れるまでの期間、データの比較性など考えると、ソフトなんてそんなにころころ変えていいはずがないんですけどねえ。

そしてそのソフトが導入されて、入力作業は進まないまま。一度顧問先に訪問した際に、

そのソフトを紹介した業者さんに来てもらいましたが、なかなか話がかみ合いませんでした。

かみ合わなかった理由もあとでなんとなくわかりました。

そしてしばらくして、無料で数年間使えるはずのそのソフトを買いましたと連絡がありました。

今買ったら、全額補助金がおりるといわれたので、と言うのがその理由でした。

要するに、・・・・そういうことだったのね、と何が起こっていたかが見えたような気がしました。

(あんまり生々しくて書けませんが)

 

今年初めて相談に見えたお客様が使っているというソフトも、同じ会計ソフトでした。

「このソフトでもいいでしょうか?」「それでご自分が使いやすいならいいですよ」

「実はややこしくて、私は使えるんですけど、担当者が変わった時には引き継ぐ自信がないので

やっぱりもっと汎用のソフトに変えようかと思っています」

別にその会計ソフトが悪いわけではないのです。法人によってはとても便利に使えると思います。

でも法人の規模や業種によって適するか適さないかは違うし

それを一番よくわかっているのは、セールスとやってきた業者ではなく、

その法人の決算にかかわっている税理士や会計士だと思うのです。

 

税理士や会計士の意見をもっと尊重しろとは言いませんが

一番残念に思うのは、補助金が出る=無料=使わなきゃ損 みたいな考え方。

いったいこの会計ソフトの普及にどれだけの補助金が使われたのでしょうか?

補助金は税金からまかなわれているのですから、無駄な補助金をもらったら

もっと大事なことに使われるはずだった税金を無駄に使っていることになるのです。

補助金で事業をしている事業者さんたちは、もっとシビアに使い道を考えてほしい

もらったら得なんじゃなくて、余分な補助をもらったら、まわりまわって自分の首を絞めている

ことに気が付いてほしいと思います。

 

なんて、3月決算で疲れて、ちょっと機嫌が悪くなっている私です。

 

卒業

次男と娘が大学を卒業しました。

娘の入学式の時に、「在学中に困ったことがあったら大学に相談に来い。絶対に何とかしてやる」とおっしゃった理事長が

「これから社会に出て生きていくことに絶望することもあるだろう。そんな社会を作った責任は私たちにある。

絶望したらこの大学のことを思い出してほしい。大学は君らのためにある。いつでも戻ってこい」と繰り返しおっしゃいました。

暖かい理事長の言葉にただただ涙があふれました。

晴れ着に身を包んだ娘たちの美しいこと、そばでその姿を見ているだけで幸せでした。

就職で苦労した次男は、友人たちより1年遅れての卒業、友達もいないさびしい卒業式でした。

ゼミの先生が卒業祝いにと食事に連れて行ってくださったと嬉しそうに帰ってきました。

二人ともいい先生に恵まれました。

これで子育てが終わるのかと思うと少し寂しい気がします。

 

 

バレンタインに寄せて

一昨年の暮れに大学時代の恩師が亡くなりました。お葬式にも先月行われた追悼会にも出席することができず

先生にお別れをすることも優しかった奥様にお悔やみを言うこともできないのがずっと気がかりでした。

追悼会のご案内をくださった先輩に奥様のご連絡先を尋ねたところ早速にお返事をくださいましたが

いざとなるとなかなか筆が進みません。2月になって、ふと先生はあまりお酒を召し上がらなかったことを思い出し

バレンタインのチョコレートを添えて手紙をお送りしました。

奥様から、先生がお好きだったチョコレートを手紙と共にお写真にお供えしてくださったこと

子育てを終えてこれからはあなた自身のための人生を再出発しなさいと

とても心のこもったお返事をいただき、思わず涙がこぼれました。

先生は学生の私にはちょっと近づきがたい立派な先生でした。

とても穏やかで優しかったけれど決して甘い先生ではありませんでした。

大人になるにつれて、先生の言葉の本当の優しさがわかってくるような先生でした。

もっとお訪ねしたり、チョコレートくらいいつでもお送りする機会はあったのに

どうしてご生前にそうしておかなかったのかと悔やまれます。   

バレンタイン、自分の気持ちを伝える日にしたいと思います。                2013/02/14

 

 

まさかの入院

昨年秋のことです。風邪気味で咳が長引きそうだったので早めに耳鼻科を受診しました。

「前からのどの動きが悪いな。声帯がほとんど動いていないよ。精密検査受けてごらん」

・・・だって声も出てるし何ともないしめんどくさいな、と思いつつも予約を取ってくださったので

しぶしぶ病院へ。問診票をわたされても書くことは何もありません。

病院のお医者様も「別に何ともないですが」と言いつつ、のどに手を当てるなり「しこりがありますね、でも良性でしょう」。

しかし検査をしていただいたら甲状腺がんの疑いとの結果が出ました。

同世代にもがんにかかった友人が何人かいます。もうそういう年頃になってきたということでしょう。

年明け早々に手術を受けることになりました。

病院の先生に病気の内容と治療法について丁寧に説明をしていただいたので不安は全く感じませんでした。

むしろ神さまが下さった休暇と思って、本とCDをたくさん持って病院に行きました。

手術後苦しかったのは1日くらい、体もどんどん回復して、1週間後には無事退院することができました。

入院中は看護士さんたちにお世話をしてもらえるのが嬉しく、また病室に来てくれる子供たちに何より癒されました。

退院後、最初に受診した耳鼻科の先生にご報告とお礼に行くと、

「いや、これでがんを見つける病院の先生がすごい」とびっくりされていましたが

お二人の素晴らしいお医者さんに巡り合えたのは本当にありがたいことでした。

 

それともう一つありがたいのが「がん保険」。

なかには保険料がもったいないので解約しようと考えたものもあったのですが

いい保険だからと引き止められて掛け続けていたのもあります。

私の場合は入院期間も短かったので医療費は最小限しかかかっていないのですが

いろいろな給付があるのはありがたいことです。

保険会社によっては早期発見の場合には保障されない場合もあるとのことなので

そういったことはお客様にもお伝えしたいなと思いました。

 

そうそう、1週間の入院で体重も少しだけ減りました。

食事がおいしいと評判の病院だったのですが、量が少し物足りない。

普段いかにカロリーオーバーだったかを思い知らされました。

食生活も見直していかないといけませんね。

でも退院からそろそろ1か月、元に戻ろうとする体重に必死で抵抗しています。

年末に

今年も終わろうとしています。この1年心配の種だったことが一つ片付きいいお正月が迎えられそうです。

ちょうど1年前、大学4回生だった次男の就職が決まらないままに年を越し

就職状況の厳しい中、次男は卒業するのか留年して就職活動を続けるか迷っていました。

結局本人の決断で留年することになったのですが、4月になっても夏になっても

一向に決まらないままに時間だけが過ぎていきました。

本人なりに頑張っていることはわかっていても親の目から見るとまだまだ甘い

ついあれこれと口出しをしてしまいました。

親だけでは客観的に見られないので私の友人に相談してみたり

親以上に親身になって息子の相談に乗ってくれる友人もあり

本当にいろいろな方のお世話になりました。

でも息子にとっては大人の助言よりも自分の友人からの言葉が何より救いになったようです。

と言うものの決まらないままに時間が過ぎ、どうしようかと真剣に考え始めた矢先

ようやく年末にある会社から内定をいただきました。

沈みがちだった息子にもようやく明るい顔になりました。

でもこれがゴールではなくスタート、実社会での仕事は学生の就職活動より厳しいと思いますが

たくさんの方に助けてもらったことを忘れずに頑張ってくれたらと思います。

たくさんの感謝を胸に新年を迎えます。

                                            2012/12/31

 

 

 

 

オリンピックに思う

スポーツはほとんどしないが観戦するのは嫌いではない。

でも絶叫するアナウンサーが嫌い、大騒ぎするサポーターが嫌い。

だからオリンピックなんか見ているとだんだんつまらなくなってくることが多い。

どうしてだろうと考えて見たら、体育が苦手だった小さなころの思い出がよみがえってくる。

たとえばドッジボール。ボールを受けるのも投げるのも苦手だから逃げるのが専門。

子供ってボールばかり見ているから、ボールの行方とみんなの視線を確かめながら

死角になるところにいると結構アウトにならずに逃げていられる。

なのに一度もボールに触っていない私をかわいそうに思って

「ボールあげる、投げてみ」と言ってボールをくれるおせっかいさんがいる。

ボールを投げたって味方のところまでは絶対届かないので「いらない」と言うのに

「いいから、いいから」と無理やり押し付けてくる。

そしてボールを取られると「なんで?せっかくあげたのに。もうあげへんからな」と怒られる。

「だからいらんてゆうたやろ」なんて言い返す勇気はないがあやまる気もないから無視。

たとえばバレーボール。ゆるいボールがまっすぐ私のところに飛んでくるならレシーブできるが

上から飛んでくるボールの行方を見定めてその場所に行って態勢を整えて受けるなんて芸当はできない。

「みんなでカバーするからね」とまっすぐ私の方へ飛んでくるボールをカバーしに来てぶつかり

きついボールをカバーしてくれるかと邪魔しないようによけると誰もとれずに「ちゃんと取って」と言われる。

「できもしないのにカバーするなんて言うな」とは言い返せないのでまた無視。

少し勉強ができたからよかったけど、そうでなければいじめられていたかもと思う。

学生時代の体育の時間は、スポーツが嫌というよりこんな友人とのやり取りが嫌で嫌でたまらなかった。

みんな決していじわるではなく優しい気持ちで言ってくれるのだけれど

勝負がかかるとその気持ちが変わってしまうのだ。

ひたすら自分との戦いに没頭しているスポーツ選手の姿は清々しい。

だけど他人の勝負に興奮している人の姿は興ざめ。

そろそろオリンピックも終わるかな。

正解のない問題

相続税の申告書を作成中です。

不動産については生前贈与をされていたので、ご遺産はほとんどが金融資産だったので

遺産分割もスムーズに終わりそうです。

生前贈与をされたのはバブル真っ盛りのころで、

「ちょっとした土地を贈与するのに2000万円も税金払ったわ」とおっしゃいます。

父も私も高い税金を払う生前贈与はお勧めはしないのですが

毎年地価が上がっているころには、少しでも早くと生前贈与をされた方も多かったようです。

地価の下落と税率の差と、もし今相続されたのであれば税金は数分の1で済んだのではないかと思います。

一方、ご両親がお元気でお子さんたちも若い間は、ご両親の考え通りに贈与することができましたが

お子さんたちがそれぞれ家庭をもって独立された今となっては

遺産分割で意見が対立することになったかもしれません。

不動産の収益でそれぞれのお子さんが財産を形成することもできました。

奥様が「よかった」とおっしゃるので、この方法が一番よかったのでしょうね。

 

税制は時とともに変わりますし、財産の価値も、家族の状態もどんどん変わっていきます。

贈与や相続にこれが正解という方法はありません。

だから簡単にアドバイスなんてしてあげることはできませんが

お客様が間違った判断をなさらないように

少しでも正しい情報をお伝えしていきたいと思います。

 

 

南吉さん

来年は29歳で亡くなった新美南吉さんの生誕100年だそうです。

生誕100年を記念して行われている「ごんぎつねの世界」展を見に行ってきました。

「ごんぎつね」は昭和31年に小学校の国語の教科書に取り上げられ

今ではすべての教科書に掲載されているので、

小学校でごんぎつねを読んだ子供が6000万人以上になるとか。

私もこのお話が大好きでした。

展覧会では、

上京することを許されたと報告する弾むような手紙、

教師をしていた女学校の遠足での楽しそうな写真など

今まで見たことのない南吉さんの姿を見ることもできました。

でも病床で教え子に宛てて書いた「いしゃはだめだというがもういっぺんよくなりたい」という葉書や

「すっぽんのスープを持ってお見舞いに行ったら奪うようにして飲んだ。本当に生きたかったんだ」

という教え子の方の思い出話を読むと

まだまだ書きたいことがいっぱいあっただろうに、どれほど心残りであったかと

展示を見ながら涙が止まりませんでした。              2012/08/05

何かいいこと

万博公園で行われる情熱大陸ライブに行ってきました。

暑い時期の野外、炎天下のライブですが

よく知っているアーティストだけでなく全く知らない若いアーティストの音楽にも出会える

毎年の楽しみの一つです。

藤井フミヤ君がみんなにいいことがあるようにおまじないをしてあげようと歌ってくれたのが

「なにかいいこと」という曲でした。

「いいことはいっぱいみんなの周りで起きているんだけれど、気が付いていないんだよ」

そしてフミヤ君自身の「いいこと」は

「万博公園でインタビューを受けているときにトンボがつま先にとまったこと」だそうです。

そしてライブ会場でもいいことが。

フミヤ君が歌うと空に虹がかかりました。そしてライブの終わりかけには大きな虹が。

当たり前の自然の姿に幸せを感じられる一日でした。でも暑かった!

                                            2012/08/04

 

アートボランティア

先月、娘がアトリエの仲間と共に石巻市狐崎でのアートボランティアに参加してきました。

津波で骨組みだけになってしまった漁港の倉庫を地元のボランティアの方が再建されたのですが

その倉庫の壁に絵を描くというプロジェクトです。

向こうでは短時間の間に作業を終わらせないといけないので大変だったようですが

地元の方たちにとても温かく迎えていただいたようです。

お風呂を使わせていただいたり、素晴らしい海の幸をごちそうになったり

娘はどうしてこんなに優しくしてもらえるのかと不思議に思ったようでした。

子どもたちともすっかり仲良くなり一緒に絵を描いたり遊んだりしたそうです。

きもだめしと称して何人かが夜遊びに行ってなかなか帰ってこないのを

一人の子供がものすごく心配するのでなぜかと思ったら

「おじいちゃんが津波で亡くなったので、もう誰にも死んでほしくないんだ」と言ったそうです。

そんな悲しい経験をされたからこそ、優しいのかもしれません。

「いつでもおいで」って言っていただいたという娘。

遠くに娘のことを思ってくださる家族ができたようで本当にありがたいと思いました。

プロジェクトの様子は是非アトリエのブログをお読みになってください。 

 

 

祇園祭の京都へ

合唱コンサートを聴きに京都へ行ってきました。

その前に四条室町のギャラリーへ 関西人気作家3人展〜京都を描く〜 を見に行きました。
H@Lさんが描かれていたのは伏見稲荷大社、伏見桃山城、三十三間堂、金ピカではない金閣寺など・・・。私の故郷である伏見稲荷は千本鳥居のイメージが強すぎますが、あのままではなくて稲荷山から昇る太陽と祈りを込めて建てられた鳥居の一つ一つ、そして狐さんの姿の絵になっていました。ポスターになっている伏見稲荷ではなく私の暮らした伏見稲荷の絵だなと思いました。この絵はお稲荷さんにお参りした人みんなが見られるような場所に飾ってほしいと思いました。伏見桃山城は私が子供のころには遊園地があり動物園がありプールがありと一番身近なレジャーランドだったところです。今はもうお城しか残っていないそうですがこうやって描いてもらえてとても嬉しいです。
たなかしんさんの「祈り」は知恩院を描かれたそうですが、私が京都でいつもお参りするお地蔵さんを思い出しました。つい先日もしばらく行っていないなと思い出してお参りしてきたばかりですが、ぼうっと暖かく光っている仏さまの絵を見るとこの世で会うことの叶わなかった大切な人のことが思われました。

そろそろ時間が迫ってきたのでコンサート会場へ。美しい合唱でした。

せっかくの祇園祭なので、なるべく人込みを避けながら飾られている屏風などを見て歩きましたが、夕方になるにつれてだんだん人でいっぱいに。もう一度ギャラリーに戻り「おかえり」と迎えてもらって涼ませてもらいながら、日が暮れて光が変わり色合いの少し変わった絵をゆっくり見せていただきました。

親心

先週の土曜日は娘の大学の保護者会の総会でした。大学でPTAと驚かれるが、息子たちの大学にも教育後援会がありました。娘の学校がユニークなのは総会の後、学科別に分かれて先生方と軽食を食べながらの懇談会があること。それを楽しみに遠方からも保護者が来られます。

総会で何かご意見は?と司会者が問いかけると手を挙げるお母さんがいて、職員さん方にはちょっと緊張が走ったようでした。新潟から来られたというお母さんが立たれて

「子供がどこで調べたのか京都の大学に行くと言い出した、京都と言えば京都大学しか知らないが京大ではないらしい。AO試験を受けたら受かってしまったので入学して、子供は帰省もせず充実した大学生活を送っているらしい、今回京都に来て、どうする?後期の学費も払うのか?と尋ねたらぜひ払ってほしいというので、この学校にずっと通うつもりらしいからよろしくお願いします。」ユーモラスな語り口なのになぜか涙がこぼれそうになりました。

総会後の懇談会で娘の学科に来られたのは新潟、博多、千葉、静岡から。口々に「子供が帰ってこないんだ、連絡もなかなかつかないんだ、それほど忙しく学校が充実している、寂しいけれど嬉しい」とおっしゃる。親の思いはみんな同じです。

                                                 2012/07/09

早朝街歩き

4月から全10回の街歩き講座が終了しました。

早起きはつらかったけれど、何と か皆勤し、宿題も毎回提出しました。

梅田から往復1時間半で行けるところというと限られてくるようですが

福島区海老江、西区、淡路、鶴橋市場など思いがけずいろいろなところに行くことができました。

カメラだけをもってただ歩く、分かれ道に来たらなるべく細い路地に入る

そんなぶらぶら歩きがこんなに楽しいとは思いませんでした。

取り壊し前の郵便局や宇治電ビルの見納めもできたし

知らない道を歩いていたのに「あ、ここに出てきた」という発見があり

地面てつながっているんだねという当たり前のことを発見した街歩きでもありました。

講師の伊達先生は自称「ナミーター」で錆たり苔の生えた波板の写真をコレクションされています。

ただの波板からある一部を取り出すことで美術作品になる

それは「心の錬金術」「引き算の美学」だとおっしゃいます。

そう言われてみると、壁のシミだったり壊れたポストだったり家の前に放置されているいろいろなものに

好奇心と愛情を持って眺めることができるようになり

大阪の街がますます好きになったのでした。

 

初めて淀川を歩いて渡りました。

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戦争の遺跡の高射砲台住宅

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元大阪府庁のあったところの近くの可愛いおうち

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大阪のど真ん中にある廃墟

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宇治電ビルのレリーフ

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税理士の仕事

3月決算法人申告のピークは5月末。何とか期限内に申告を出し終えてほっとしたところに

ある市役所から電話があり、申告手続きに誤りがあるとのことでした。

実は間違った申告をしていたような気がしていたので、8割がた先方の指摘が正しいと思ったのですが

別の自治体ではそれでOKだったところもあるので、そのように答えると

「いえ、うちの市では条例に基づきこのように取り扱っています」との答えです。

「それは担当者であるあなたの勝手な解釈によるものではないのか」としつこく食い下がると

その方の上司に代られました。

「条例なんて、どうせどこの市も都道府県も同じような決め方しているのに扱いが違うのは変でしょう」と

無茶苦茶な理屈を言うと、「では条例の決め方を調べてみます」といったん切られました。

数時間後その方から「うちの条例の読み方が間違っていました」と思いがけない返答をいただきました。

 

電話をくれた担当者が不慣れで間違ったというわけではなく

税についての規定と言うのは熟知している担当者でさえこういう読み間違いをしてしまうほど難しいものなのです。

それを日々、ああでもないこうでもないとやり取りをしながら仕事を進めているわけですが

そういう作業はお客さまの目にはあまり触れることはありません。

もっとも、それが見えてしまうと、税金のプロと言っても何にも知らないんだ

とうことがばれてしまいますけどね。

 

 

 

 

 

岩船寺から浄瑠璃寺へ

1万人の第九で同じレッスンクラスになり意気投合した仲間でハイキングに行ってきました。

岩船寺から浄瑠璃寺へ、地元にお住いのKさんとその奥様が案内をしてくださいました。

まずは岩船寺、平安時代の大きな阿弥陀様がいらっしゃいます。
仏様にお願い事をするだけではなく感謝と努力が大切だという住職のお話が印象的でした。
DSCF4932.JPG   ここは三重塔が大変美しいです。

 

そこから浄瑠璃寺まではなだらかなくだり道。
ウグイスがとても美しい声で鳴いています。
途中には魅力的な石仏がたくさんあります。
一願不動は一つだけ願い事を聞いてくださるそうです。
みんな「元気で岩城先生と歌えたら、あとは何にもいらないね」とおっしゃいます。
本当にその通りだと思います。

これは笑顔の美しい阿弥陀様

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浄瑠璃寺では美しいお庭を拝観し

本堂では九体の阿弥陀様が迎えてくださいました。

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浄瑠璃寺を出て石仏を見ながらさらに歩いてバス停へ。

そこで小一時間の待ち時間があります。

みなさんが持ってこられた歌集、パソコン端末、ハーモニカなどで

故郷や夏は来ぬなどを合唱し楽しい時間を過ごしました。

それにしても、今日ご一緒したおじさまたちの博識なこと、

いろいろと教えていただきとても勉強になりました。

                                        2012/06/03

 

 



生きるということ

愛犬ゴロがベランダの外から私を見つめています。

外で一人でいるのはさみしくてかまってほしいとずっと外で待っているのです。

でもベランダに出て相手をしてやると、とたんに息が荒くなりぜいぜいといい出します。

 

数年前に公園で拾ってベランダで飼えるのならと引き取ってしまったゴロ。

昼間一人で置いておけないので事務所に連れて行き、

お客さんや宅配のお姉さんに可愛がられてすっかり事務所の一員になってしまいました。

そのゴロの体調が思わしくありません。もともと暑いのが苦手な犬なのだそうですが

ハアハアと呼吸が苦しそうです。

お医者さんに見ていただくと心臓が弱っている上に気管もだめになっていて

興奮させてはいけない、嬉しいのも怒るのも心臓によくないから事務所で好きな人に会ってよろこぶのもよくない

とおっしゃいます。

昨夜も夜出かけるので事務所において帰り、夜遅くに戻って仕事をしていると

喜んで起きてきて私が仕事をしている間じゅうハアハアと苦しそうにしています。

事務所から出して寝かせようとすると入れてくれとドアをひっかき続けます。

2、3月の確定申告からこの5月の時期、夜中まで落ち着かない生活をさせたことが

これほど急に体調を悪化させた原因かもしれません。

だからと言って、家で一人ぼっち寂しい思いをしながら長生きするのがゴロにとって幸せなのだろうかと思います。

お医者さんには酸素吸入のための器具とゲージを勧められたのですが

ゲージの中でただ生きているだけなら、大好きなお姉さんと思い切り遊んで命を縮める方が幸せかも。

こんなことを思うのは子犬から育てていないからかもしれませんが。

 

夜になって涼しくなると、呼吸も楽になるようです。

そしてベランダからいつ遊んでくれるのと私を見つめます。

ゴロを幸せにしてやるにはどうしたらいいのでしょうか

 

 

昭和の日に

120428_114838.JPGH@Lさんのライブペインティングを見に行ってきました。

初日、手で直接絵の具をのせていくH@Lさん。

この日は残念ながら途中までしか見られませんでした。

 

 

 

 

 

 

翌日行ってみると、ほぼ出来上がっている感じでちょっとがっかり。

司会の方が言っていた「絵が見えてくる瞬間」に立ち会えなかったのが残念でした。

でも筆を加えるごとに絵がどんどん表情を変えていくのを見るのはとても楽しいものです。そして完成

 

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ライブペインティングが終わった後は明石まで足をのばし

たなか しんさんの個展を見に行きました。

緑の妖精、星を生むフクロウ、春らしい素敵な絵をたくさん見てきました。

ギャラリーを出ると道路にヘンなものがぶら下がっています。

木で作った蛸、カタツムリ、ゴリラ、ソフトバンクのお父さんなどなど・・・

木工作家さんのアトリエではなく工務店のおじさんが仕事の合間に作られているのでした。

お店に入っておじさんとすっかり話し込んでしまいました。

そのあとは たなかしんさんおすすめの明石一おいしいという明石焼きを食べ

町を散策して帰ってきました。

楽しい出会いのあった一日でした。                   2012/04/29

 

 

 

野田藤

DSCF4747.JPG事務所近くの春日神社のお祭りです。ここは野田藤発祥の地ということ

地域の方が丁寧に手入れをされ、こんな見事に咲いています。

野田藤は福島区の花でもあるので、玄関先に藤の鉢植えを置いているおうちもおおいのです。

のぼりを見ると、餓鬼島と呼ばれていたこの辺りを菅原道真公が「福島」と名付けられて

1111年目にあたるそうです。

一人でビール

今年は京都トレイル一周ハイキングツアーに参加しています。

今日のコースは南禅寺から大文字山に登り銀閣寺まで。

桜はほぼ終わっていますDSCF4694.JPGが、山つつじがとてもきれいでした。

山道で楽しいのは花なんか咲いていないのに

道端に花びらが落ちていて、どこだろうと探すと

お日様を求めて高く伸びた枝で咲いている花を見つけることです。

 

鶯の声に励まされながら山頂へ、そして大文字の火床へ。ここからは京都市内が一望できました。

DSCF4699.JPG

山を下りて法然院の墓地を訪ねます。ここには谷崎潤一郎、川上肇などのお墓があります。

そこから哲学の道を歩いて銀閣寺、桜は終わってもたくさんの人出でした。

ここからバスで銭湯に行くのですが、コーラスの練習がある私は先に電車で帰ります。

京阪出町柳まですぐそこだし歩こう、と思ったら30分はかかってしまいました。

鴨川べりに菜の花が咲いてきれいなこと。

コンビニで缶ビールを買って川辺に座って一人で飲みました。

なんと楽しいひと時でしょう。

DSCF4704.JPG               2012/04/21

アサカツ始めました

この春京都造形芸術大学の公開講座が大阪でも開かれることになりました。

早朝の講座いくつかあり、これだと仕事の前にいけるので

「早朝の大阪歩き」という講座を申し込みました。

30年以上住んでいても大阪のことはよく知らないし、ウオーキングもできて一石二鳥です。

内容は、梅田から1時間半で往復できる場所を歩いていろいろなものを発見し

それを「おぼろげ地図」にあらわすというものです。

おぼろげ地図とは先生の造語で、記憶を頼りに作った地図で、正確である必要はないけれど

その人の発見したもの伝えたい情報を好きに盛り込んで作っていい地図です。

第1回目の先週は桜ノ宮神社と桜ノ宮のお花見、2回目の今日は梅田から中津を往復しました。

自分が面白いと思うものを見つけることだけが目的の気楽なお散歩です。

絵を描くのが苦手な私には地図を描く宿題の方は気が重かったのですが

図の方は大まかに、思ったことを言葉でどんどん書き込んでいったら

それが意外と楽しくて手が止まりません。

宿題をするってこんなに楽しいことなんですね。

朝早いのがちょっとつらいのですがこれからの講座も楽しみです。

                                             2012/04/17

 

 

おかえり

事務所のカエルコーナーが完成しました。

娘が小学校の頃、学校でカエルのぬいぐるみを作って持って帰ってきました。

可愛いので何となく事務所の玄関に飾り、カエルの置物を見つけるたびに買って

カエルだらけになっていました。

昨年、たなかしんさんの「おかえり」というカエルの絵を購入しました。

このホームページのイラストを描かれたH@Lさんのカエルとツリーの絵

そして先日の個展ではアマガエルの絵を買って飾ったら

こんな素敵なカエルコーナーになりました。

ちょっと気取って立っているのはギャラリー合田十三店で見つけたカエルです。

飾り方は写メを送ってH@Lさんにアドバイスしていただきました。

事務所に帰るとカエルたちが「おかえり」と迎えてくれます。

どうぞ、事務所に来られたお客様もカエルを見てほっとしてくださったらいいなと思います。

                          2012/04/12

 

やさしい社長と父の教え

顧問先の社長からちょっと相談したいとお電話がありました。

その会社に長く勤める従業員さんの一人が住宅ローンを抱えていて、

金利も高く月々の返済額が大きくて大変そうなので何とか支援したい

退職金共済のお金がたまってきたので退職金の前払いはできないだろうかという相談でした。

「退職金を払って嘱託になるならともかく、そのまま正社員で給料を払い続けるのはおかしいし

税務署からみればそうやって利益調整をしたとしか思えません。

退職金の前貸しということで貸付金にするならいいですけど」

「でもね、それで月々の生活が少し楽になったら、その分貯金するよりつい無駄なぜいたくするんじゃないですか?

借金はやりくりして返せるけど、コツコツ貯金するのはむずかしいことだから、

金利分が損なようでも退職金のお金はしっかり会社でためておいてあげて

学費がいるとか医療費がかさむとか本当に困ったときに助けてあげたほうがいいんじゃないでしょうか」

そういうと社長は「それもそうやな」と納得されました。

本人さんが困ったと泣きついてきたわけでもないのに、本当に従業員思いの社長なのです。

「借金は返せるけど貯金はできない、だから借金しなさい」とは亡くなった父がよくいっていたことです。

経済が右肩上がりの父の時代にはまさにそうだったのでしょう。

今は経済情勢も違いますが、それでも一理あるような気がします。         2012/03/21

卒業式 その2

昨日は次男の卒業式でした。就職が決まらず留年することとした次 男は、卒業していくゼミの友人達を見送るために学校に出かけていきました。2年間のゼミで担当の先生が1年間海外研究でお留守だったため、ゼミ活動はあまりできず、みんなが打ち解けたのは卒業も近くなってからでした。卒業式のあとにみんなで飲みにいき「もっといろんなことしたかったなあ」「お前ともっと早く出会いたかった」と別れを惜しんだそうです。親からすれば、1年も海外に行くなら他の先生に留守を頼んでいってくれてもよさそうなものなのにと不満はあるのですが、学生達から出た言葉は「先生ともっと親しくなりたかった」「就職活動忙しくてゼミの課題もあんまりできず申し訳なかった」と謝罪の言葉だったそう。本当になんていい学生達なんでしょう。やり残したことはいくらでもあるでしょうが、こうやって心を通わせる友達ができたことは一生息子たちの支えになることだと思います。
来年は次男は一人ぼっちで卒業することになります。せめて家族で盛大に祝ってやれるよう、早く就職決まってほしいです。
                                                   2012/03/20

卒業式

娘の大学の卒業式にPTAの役員として出席してきました。

振袖やドレス姿の学生さんたちを見ると自分の娘ではないのに

なんだかうるうる来てしまいます。若い人はそれだけでなんて美しいのでしょうか。

卒業式に出るのは初めてですが、毎年卒業生の思い思いのパフォーマンスがあります。

学生だけでなく映画学科の先生方は鎧に身を包んでのご出席でした。

千住先生の式辞は簡潔な言葉で

芸術とは伝えようとしても伝えきれない思いを表現するコミュニケーションの手段なんだと語られました。

一世を風靡した浅田彰先生の式辞は雄弁で講演を聞くように聞きほれてしまいました。

理事長はご欠席でしたが、代ってあいさつをされた専務理事が

娘の入学式で理事長がおっしゃったのとまるで同じことをおっしゃいました。

「社会で頑張って、頑張ってそれでもどうにもならずに心が折れたら、大学に帰ってこい。大学は君たちと共にある。大学はいつでも君たちを受け入れて、共に悩み共に考えるから」

この学校の教職員さんたちは全員が本気でそう思っていらっしゃるに違いありません。

何度も涙がこぼれ笑いがこぼれた卒業式でした。                    2012/03/18

 

 

寄付金控除

確定申告も山場を迎えています。今年とってもややこしいのが寄付税制。

従来は国や特定の団体に一定額以上の寄付をすると

その超えた部分を所得から差し引ける寄付金控除という制度がありました。

住民税においても寄付の一定額を住民税から差し引くという税額控除制度がありました。

23年の所得税から、寄付金控除の対象となる寄付金のうち一定のものについては

税額控除できるという制度もできました。

税金を払う代わりに、自分が賛同する団体に寄付することができるのですから

これは画期的な制度だと思います。

 

その具体的な内容についてはとてもここでは書ききれないので国税庁のホームページを

見てください。http://www.nta.go.jp/taxanswer/shotoku/1150.htm

税法というのは「一定の」とか「特定の」とかいう言葉が多くてなんだかよくわからないです。

住民税については各市町村が条例で決めている寄付金というのもあるので

同じ団体への寄付でも住んでいる場所によって控除が違うということもあります。

要するにとってもややこしくなって、読んでもわからないと思うので、

迷ったらどうぞお問い合わせくださいね。

 

私の母校は、寄付金の領収証だけでなく、制度が変わるたびに

新たな制度での証明書を送付してくれるのでわかりやすいです。

さすが寄付集めが上手・・いえいえ、とっても親切だなと思います。

 

それにしても、寄付金の領収証がなければ控除は受けられません。

昨年の春先、義援金をしたらどうなるの?寄付金は?とみなさん聞いてこられた割には

「義援金など寄付をされていたら控除できますけど」

「そういえば、振り込んだけど、領収証ないわ、もうええわ」

とおっしゃる方の多いこと。

さっさと私が預かっておくんだったと思います。                2012/02/29

 

 

とんび

NHKの「とんび」というドラマを見ました。

エンディングが踊ろうマチルダさんの歌だったのでそれを聞きたくて。

舞台は広島、男手ひとつで息子を育てる父親とその息子の成長の物語でした。

物語の始まりは昭和30年代で、ちょうど私が育ってきた時代です。

休みの日にはバスに乗って、手作りのお弁当を持って、借り物のカメラをもって遊びに行く。

今ほど豊かではないけれど今よりよほど幸せそうな家族の姿がありました。

物語もとてもよかったのですが、その父親が運送会社で働いている様子がとても印象的でした。

貨物列車が着くと、男たちがホームに駆け上がり素手で荷物を担いで運び出していく。

まさに時間との勝負です。汗とほこりにまみれた男たち。

昔の運送会社はみなこうやって人の力だけで荷物を運んでいたのでしょう。

ドラマの後半では主人公はきれいなシャツでフォークリフトで荷物を運んでいました。

 

私の顧問先にも運送会社がありました。

すでに廃業されたのですが、父の代からお付き合いしていただいていた歴史のある会社でした。

昨年亡くなった先代の社長の奥様が、仕事で腰を痛めたとずいぶん苦しんでおられました。

女性とはいえ、運搬のお手伝いをされることもおありだったのでしょう。

ドラマを見て初めて先代のご苦労が少しだけわかったような気がしました。

そのころのお話をもっと聞かせていただきたかったと思いました。

 

今日、その奥様の相続税の申告が終わりました。

                                   2012/01/19

 

 

 

 

娘の作品

娘が制作した作品とその動画です。

フェルトで作ったドールハウスと動物たち

音楽に合わせて動きます。

一コマ一コマ写真撮影してとっても時間がかかったそうです

http://www.youtube.com/watch?v=Ba9S8nrr27Y&sns=fb

家族旅行

うちの事務所は野田戎神社のすぐ後ろにあるので、お正月が終わっても十日戎が終わるまではお正月気分が抜けません。

この連休には母と妹一家、そして我が家総勢9人で大分に旅行をしてきました。

昨年、みんなでふぐを食べに行きたいねという話をしていたら、

九州に単身赴任していた義弟がふぐは下関が有名だけれど大分にもおいしい宿があると探してくれたので

みんなで行くことになりました。

巨大な造船所のそばを通りぬけて、こんなところに旅館があるのというような岬の先端にある旅館でした。

一度はやってみたい「てっさをずずーっと箸でつかんで食べる」というのができるくらい

たらふくいただいてまいりました。

翌日は湯布院でゆっくり温泉につかり、心も体もほかほかになりました。

子どもたちも大きくなり長男と姪は既に就職しているので、こういう家族そろっての旅行も

なかなかスケジュールを合わせるのが難しくなってきました。

父が亡くなってもう15年、幼かった次男や娘はおじいちゃんの思い出が余りありません。

せめて、おばあちゃんとの思い出は、母が元気なうちにたくさん作っておいてやりたいというのが

妹と私の願いです。

 

「おばあちゃんに連れて行ってもらった」と子どもたちに思ってほしいので

こういう家族旅行の時は遠慮せずに母のお金を使わせていただいています。

はい、それが何か?

                                   2012/1/10

 

チャールダッシュ

年末調整真っ只中ですが、古澤巌さんとジョン・健・ヌッツオさんのコンサートに行ってきました。

お二人一緒の演奏は真夏の東寺でのコンサート以来で、とっても楽しみに聞きに行きました。

楽しい時間はあっという間に終わって、アンコールがモンティのチャールダッシュ。

久しぶりに聞きました。

この曲は古澤さんと出会った最初のころに買ったCDに入っていたので以前はよく聞いていました。

子どもがまだ小さくて育児と仕事に追われる毎日、

家族が寝静まった後一人でCDを聞くのが唯一の安らぎの時間でした。

その子供たちもみんな成人し、末っ子の娘は今日茶髪を黒く染めて緊張しつつ就職説明会に出かけていきました。

こんなに成長した娘。長い子育ての期間ずっと私の心を支えてくれた古澤さんの音楽。

いろいろな思いが込み上げて思わず涙がこぼれました。

個展・個展・個展

予定していた仕事が早く終わったので徳冶昭童画展に行ってきました。

昨年ラマダホテルで展示されているのを見て、そのあとホテルのアートフェスタでお会いしました。

ちょっとお話しただけだったのに「ラマダで・・・」と覚えていてくださって感激でした。

可愛いライオンやキリンの絵がとても心を和ませてくれます。

でも「カタイイシ」というハートの絵もとても素敵だと思いました。

会場のギャラリーを探しているときに通りかかった別のギャラリーでも

何やら楽しそうな絵が展示されていました。

徳さんの個展を見た後訪ねて行ったら

灰掛博さんという方で、週の半分は大阪で仕事をし

週の半分は丹波のアトリエで農業をしながら絵を描いていらっしゃるそうです。

たぬきやいのしし、カエルや昆虫、そういうのを見ていると

農作業が進まないし、作物もネズミたちに食べられてしまうし

でも、3割残ればいいと思って作っているとおっしゃっていました。

なんだか理想的な生活です。

ちょっとだけ見せていただくつもりが、

お茶をごちそうになりながらすっかり話し込んでしまいました。

そのあとは、難波で開かれている吉田田タカシ展を見てきました。

先日のライブペインティングの絵と人物クロッキーが展示されています。

簡単な線で描いただけなのに、そこには描かれていない人物の表情まで見えてくるようです。

私が好きなのは、ダンスのポーズを決めるかのように背筋がピンとして

目線がまっすぐな美しい女性のクロッキー

目も顔も描かれてはいないのですが、でもそう感じさせる絵の力の不思議を感じました。

 

平日にそんなに遊んでいて大丈夫かって?今月提出の申告は何とか間に合いました。

 

 

吉田田タカシ展

音楽家×舞踏家×画家によるライブペインティング
吉田田タカシ展見てきました。
ただ絵を描くところを見せるだけではなくまさにライブでした。

舞踏家(女性)は全身を白で塗り小さな布きれを身に着けただけで、
全く自由に体を動かしていきます。

その動きにはものすごい力が入っているのにとても静かです。それにコントラバスの演奏。
舞踏家は白い人の形をしたものにしか見えなかったのに、
動きがはじまると肌がどんどん美しくなっていって、
途中でその肌に触れたい、抱きしめたいと思いました。
画家は真剣な表情で絵の具をのせていきます。

いったん描いたものを白い絵の具で塗りつぶしその上にまた描く。

でも最初に描いた目のところにはやはり目、そして舞踏家の顔が現れます。

111118_190155.JPGこの完成図が頭にあってこうやって描いてこられたのか

真っ白なキャンバスから絵が完成するまでの過程をすべて見せてもらって、

それはそれは不思議な体験でした。        2011/11/19

 

時にはドライブ

H@Lさんの個展が香川県の塩江美術館で開催されています。

遠いのでとても・・・と思っていたのですが、

まだ見たことのない絵本「モイモイのポッケ」の原画が展示されているのでどうしても見たくなり

讃岐うどんを食べたいという夫とドライブをしてきました。

高松からさらに1時間くらい、川沿いの細い道をのんびりと走って美術館に着きました。

DSCF2231.JPG川のそばの美術館には柳と桜の木が植えられて春はきっと美しいことでしょう。

お庭にはH@Lさんが子供たちと作ったかわいらしい花壇がありました

美術館はこじんまりとした建物で、その一室にH@Lさんの絵がありました。

モイモイの原画は絵本で見るよりやさしい感じで何度も見入ってしまいました。

誰もいないのでベンチに寝転がって絵を眺めたり、こっそり写真を撮らせてもらったり

ゆったりした時間を過ごしました。

DSCF2227.JPG

お隣の部屋に展示されているイワサトミキさんの絵もくすっと笑えるような楽しい絵でした。

美術館を出て近くの定食屋さんで昼食をとり帰路につきました。

高松市内につき夫が「うどん」「だって食べたとこやしおなか一杯」と却下

栗林公園を少し散策して帰りました。

あきらめきれない夫はドライブインでうどんを食べてちょっと違うな・・・

だって讃岐うどんは口実で目的は美術館ですから。

                                       2011/11/13

7か月分

4月から働き始めた長男

自宅から通っているのだから食費くらい入れなさいというのに

わかったわかったと言うだけで一向にその気配もない。

財形やなんやでそれなりに積立はしているようなので無理に払わせることもないが

「まったく口ばっかり」と思っていたら、数日前「食費払うわ」と封筒を持ってきた。

やっと今月からその気になってくれたのかと思ったら「4月から7か月分」と

ずっしり重い(でもないが)封筒を渡してくれた。

今月からでいいよ、といいたいところをせっかくなのでありがたく頂戴することにした。

 

私も長女なので長男の気持ちがとてもよくわかる。

少ししか入れなければ、これだけ?と言われるかもしれないし

最初にたくさん渡してしまうと後でしんどくなるかもしれない。

半年たって、これくらいなら渡せると確信を持ってお金をおろしてきたんだろう。

できもしないことをできるといってあとで撤回するようなかっこ悪いことはしたくない

そういう慎重さはなんとなく私と似ている気がする。

 

さて、このお金をどうしよう。

生活費に使ってしまうのはもったいないし

かといって右から左に息子名義の口座に入れるのも能がない。

月々払ってくれるものなら積立にでもしたのに。

と迷いつつまだ私のバッグの中。

このまま持ち歩くのはキケンだからとりあえず預金することにしよう。

                                        2011/11/09

 

音楽とともに

母校のホームカミングデーで音楽祭が催されるので
サークルのOB会に出席するついでに聞きに行きました。
聞きたいのはやっぱりグリー。
グリーOBのクラブがあり、そこに現役生も加わっての演奏でした。
まずは大学ソングを数曲。
いつもは宴会後にだみ声のおじさんたちと一緒に歌う歌ですが、
美しい男声で聴くと心が引き締まるようでした。
指揮をしたのは70何代目かの指揮者になる現役の学生さん
大先輩たちを前に堂々と指揮していました。続いて美しい宗教曲でした。
さすがにグリーで、老いも若きも
「一番声がいいのは僕、歌がうまいのは俺」って顔で歌ってらっしゃいましたが
少々声を張り上げてもその声がきれいにそろっているので
聞いていて本当に気持ちがよかったです。

グリーOBによるカルテットもありました。
男性4人で出てこられるだけで懐かしい感じがします。
ジャズナンバーもよかったですが、60’歌謡曲メドレーが楽しかったです。
隣りに座ったおばさんが「こんな歌知ってる?」「小学校くらいの歌ですね」
胸をキュンキュンさせる学生時代に流行った歌より、
もうひとつ前の世代の、私にとっては大人の歌のメドレーでした。

その次は軽音楽部OBのバンド。
昭和22年に始まったタンゴ楽団が当時のメンバーを中心に
10年前に復活されたそうです。
一番若い68歳から最長老の83歳まで平均年齢79歳のバンド
出てこられたとき大丈夫なんかなと思いましたが
演奏が始まるとさすがに深い味わいがありました。

お隣に座ったおばさまは、ご主人がグリーのOBだそうです。
お話をしていると「最近は出棺コーラスが多くてね」「えっ?」
仲間が亡くなった時にみんなでコーラスでお送りするのだそうです。
「お寺でアヴェマリアなんて歌って、お坊さんに怒られることもあるんだけど
ご家族が故人の青春だったからと強く希望されてね。
お棺をあけるとグリーのユニフォームが入っていて
そういうのを見るとたまらないのよ」

でも、学生時代に打ち込んだ趣味を仲間と共に続けられて
そして人生を終えるときにもその仲間や後輩に歌で見送られる
なんと幸せな人生かと思いました。

タンゴ楽団の方も「元気だったら来年も出ます」
ぜひまた聞かせていただきたいものと思いました。          

                                       2011/11/07

小さくなった先生

このところ休日のたびに展覧会めぐりです。

今日は中学時代の恩師が出展されている写真のグループ展に行ってきました。

先生の写真は「私の二条城」という題ですがどこにもお城らしいものは見えません。

大きく反り返った屋根の瓦を大きくアップで・・・まるで生き物の鱗のように見えます。

先生の写真はいつもその視点がユニークで先生にしか撮れない写真です。

以前、先生にねだって1枚を譲っていただき、事務所に大切に大切に飾っています。

私が行ったときには先生の教え子が数人来ておられ

私が話をしている間にも次から次へと元生徒がたずねてこられます。

本当にいい先生だったんだと改めて思いました。

仕事のこと、家庭のこといろいろ話していると

「そうか、お前も苦労したんやな」

思いもしない言葉をかけられて涙が出そうでした。

DSCF2152.JPG帰る前に先生と記念撮影

「お前、あの頃小さかったな」

いえ、私は中1からほとんど身長は伸びていませんよ。

腰を痛められた先生が私の身長くらいまで小さくなってしまわれたのです。

いつまでもお元気でいてくださいね

                                    2011/11/05

 

完歩しました

紀伊半島1周390キロを歩いて熊野大社、伊勢神宮にお参りするというツアー

3年がかりで今日完歩してきました。

今日は最終目的の伊勢神宮外宮から内宮に歩き

完歩のお祝いとして広々とした立派な神楽殿でお神楽を奉納させていただきました。

暑い日、雨の日、台風の後、いろいろありましたが、

毎回、妹と二人、仲良く楽しく歩くことができました。

それもこれも、自分も家族も健康でいられたことと、

留守の事務所をしっかり守ってくれるスタッフがいたおかげと

本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

山登りは大変でしょうとよく言われましたが、しんどかったのは山道よりも舗装道路

落ち葉でふかふかした山道を歩くのはとても心地いいものでした。

またあちこちで大切にまつられている神社、お寺、お地蔵様などでは

自然に信仰心がわいてくることも新たな発見でした。

熊野道を歩いていると、そういった神社の神さま、仏さまやお地蔵様に

素直に手を合わせて安全を祈願しまた感謝する気持ちになりました。

390キロ地点の内宮の入り口

DSCF2138.JPG

正宮で

DSCF2135.JPG

これが完歩の証

DSCF2143.JPG

 

女神さまに会いに

111030_224222.JPG松井しのぶさの原画展に行ってきました。

やさしいイラストが大好きで毎年カレンダーを楽しみにしています。

今回は「虹の小人」という絵本の原画展で

空に虹を作った女神と七色の小人たちの物語です。

その小人が何とも愛らしくてたまりません。

先日のカレンダーの原画展のために特別に描かれた「LIVING ON EARTH」という絵は

普段とはちがう深い色合いで見ていると涙が出てきそうでした。

座り込んで絵本を見ていると「前にお会いしましたか」と声をかけてくださったのが

松井しのぶさんご本人でした。

以前の個展でお目にかかったのを覚えていてくださったのです。

(そのときはカレンダーを販売されていた団体さんが解散された後で

どこでカレンダーを買ったらいいのかとしつこく連絡先を尋ねたのでした。)

ちょうど豊能障害者労働センターの方も来られ3人でいろいろとお話をさせていただきました。

 

そのあと、石井一男さんの展覧会を見に神戸のBBプラザ美術館まで足をのばしました。

先日キリンの絵を買った、その作家の川瀬大樹さんが「心の中で泣き崩れた」とまで

感動したと書いておられたので、どうしても見に行きたくなったのです。

石井さんの絵も、女神がテーマでした。

塗り重ねた絵の具に抑えきれない情熱が込められているように思えるのに

その絵はとてもとても静かなのです。

展示されている絵のほとんどは個人蔵で、この展覧会のために貸し出しをされているようでした。

石井さんご本人が来ておられて、お話をさせていただくことができました。

「どうしても売りたくない絵というのはあるんですか」とお聞きしたら

「いや、まだそういう絵を描いていないのかもしれません」と

絵と同じように静かにおっしゃいました。

図録を買ってサインをいただきました。

111030_224028.JPG

 

 

展覧会場で「中野さん?」と呼び掛けられ、古い友人にばったり出会いました。

思いがけないたくさんの人に巡り合い

そして女神さまに心を洗われた有意義な一日でした。

 

コスモス

111022_132005.JPG今日は万博公園に行ってきました。

太陽の塔の前にヤノベケンジさんのSun Childというお人形が設置されています。

放射能防護服を着た男の子。

傷を負っているけれど、マスクを脱いだ顔は希望に満ちています。

以前アトムスーツの作品を見たときは、日本ではありえない光景と思ったのですが

もう空想の話ではなくなりました。芸術家の目のすごさを感じます。

 

111022_135226.JPG

 

 

 

 

そして花の丘はコスモス畑となっていました。

風に揺れるコスモス

花の香りが満ちて、ミツバチが飛び回って

本当に平和で美しい光景でした

           

 

                                                                 2011-10-22

サバ缶

先日犯罪友の会の野外演劇を見に行きました。

戦後や明治維新後といった混乱期の大阪の人情が感じられるお芝居で

毎回楽しみにしています。

来ないだろうけれど一応と思って娘を誘ったら「行ってもいいよ」というので

夫と娘の親子3人で見に出かけました。ちょっと嬉しい。

誰にも甘えず毅然と生きている主役の女性がかっこよくてとてもよかったです。

お芝居が終わると娘が「サバ缶・・・」

舞台の外には屋台があっておでんやお酒を出してくれます。

昨年は娘と娘のお友達と3人で飲んだのですが、その時注文したサバ缶がおいしかった。

サバ缶を開けてバターを入れコンロにかけて温めただけのまさに野外料理でした。

要するに、娘は屋台で一杯やりたくてついて来たというわけですね。

メニューを見ながら「今年はサバ缶ないの?」「震災で入ってこなくてね」

「去年家で作ったけどあんまりおいしくなかってん」「やっぱり外で食べるから」

お店のおばちゃんとそんな会話をしながら

親子3人で屋台のおでんを分け合っておいしくいただきました。

でもやっぱりサバ缶が・・・

近くのスーパーでサバ缶を見つけ家で作ってみました。

サバの水煮を買ったら「みそ味やったで」

そこで、さばみそ煮缶で作ってみたら、かなり濃い味だけれど息子にも好評でした。

たぶん、しょっちゅうは作らないと思うけれど

犯友の季節になったら作りたくなるかもしれません。

                                             2011-10-21

遺言の勧め

顧問先からの紹介である方の相続手続きのお手伝いをすることになりました。

相続人の方も高齢なので代理で手続きに行きたいと銀行に申し入れたのですが

一度はご本人に窓口に来ていただかないと、とのこと。

戸籍や印鑑証明などがそろったところで、奥様に付き添っていただいて一緒に銀行に行きました。

さまざまな手続きの書類は、「相続人ご本人が記入してください」と言われました。

普段はなんでも奥様がお手伝いをしていらっしゃるらしく、いきなり書類に記入をしろと言われて

ご自分の住所の字が思い出せなくなり、また手が滑って書き間違えたりと

ほんの数枚の書類作成に一時間以上かかってしまいました。

何度も奥さんが代筆してはいけませんかとおっしゃいましたが、答えはNO。

そのあと郵便局に行き、市役所に行き、お昼ご飯にありついたのは2時ごろでした。

高齢のご夫婦を引っ張りまわして申し訳ないことをしてしまいました。

「ご本人確認を」「ご本人が記入を」というのは当然ですが、本人が目の前にいて同意しているのに

代筆もできないのはどうなのかと思います。

顧客の利益を守るためといえば聞こえはいいですが、

結局は何かトラブルになった時に銀行自身を守るためなのでしょうね。

 

逆にとっても楽だったのは遺言書で遺言執行人に指名していただいたときです。

相続人の方をほとんど煩わせることなく、手続きを完了することができました。

残された人のことを思うなら遺言はお勧めです。

                                                                               2011-10-21

税理士がいなくても

先日のこと、顧問先の知り合いという方から、

税務署から数十万円の税金がかかるといわれたと相談がありました。

個人が事業をしたり給料をもらったりすると所得税がかかり

株式会社などの法人が事業をすれば法人税がかかります。

この方は、個人の集まった任意団体で補助金をもらいながら事業をされていたのですが

法人格のない団体であっても「人格なき社団」として収益事業をすると法人税がかかるのです。

利益は全くない事業だったので、税金がかかるとは思っていらっしゃらなかったそうですが

たとえ利益がゼロであっても損金にならない交際費や役員賞与があると法人税がかかってしまい、

それが数年間で何十万という金額になってしまったというわけです。

何とかならないものかと税務署に相談して検討していただいたのですが、

気の毒だが仕方ないということでした。

せめて事前に相談していただいていたら、毎期の決算をきちんと出して賞与と認定されないように報酬を決め

税額を最小限にできたかもしれないのに、と残念な思いをしたのですが・・・・

しかし、税理士が顧問をしたらそれなりの報酬をいただくことになります。

税理士がお手伝いをして正しい節税ができたとしても税額がゼロになるわけではなく

この団体さんにとっては税務署に言われるままに税金を払って

結果として安くついたのではなかったでしょうか。

そう思ったら気が楽になりました。

でもね、やっぱり税理士がいたほうが安心だと思いますよ。

                                             2011-10-19

 

ホームページが新しくなりました

10年ぶりにホームページをリニューアルいたしました。

昨年思いがけない出会いをしたH@Lさん

そのH@Lさんのイラストを使ってホームページを作ってくださる会社があると知り

株式会社ビージェントさんに制作をお願いしました。

想像以上に素敵なホームページが出来上がりました。

どうぞたくさんのイラストと一緒に遊んでみてください。

今回使っていただいたイラストには私が原画を購入させていただいたものも

使っていただいています。

トップページ         ペダルをこいで   事務所に飾っています

トップページの下      ピアノ         娘の部屋に飾っています

事務所紹介のページ   piano nightly02   矢野顕子さんのアルバムを聴きながら描かれたそうです

お問い合わせのページ  春の訪れ       我が家のリビングに飾っています 

 

古いブログはもういらないかと思ったのですが、読み返してみると

子どもたちの小学校の運動会の記事からスタートしています。

10年間の我が家の歴史と思うと消してしまう気になれず

すべて移行していただきました。

これからも楽しい記事を書いていきたいと思います。

 

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                                                                                2011-10-12